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秋田地方裁判所大館支部 昭和56年(わ)38号 判決 1982年5月07日

主文

一、被告人奈良駒吉を懲役六月に、

被告人若松清一、同芳賀忠行を各懲役三月に、

それぞれ処する。

二、被告人三名に対し、この裁判確定の日から二年間、右各刑の執行を猶予する。

三、被告人若松清一、同芳賀忠行から、それぞれ一〇万円を追徴する。

四、訴訟費用中、証人上村清、同奈良友二、同遠藤徳一に支給した分は被告人奈良駒吉の負担とし、証人西村久平に支給した分はその三分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(被告人らの身分)

1、被告人奈良駒吉、同若松清一、同芳賀忠行は、いずれも昭和五四年四月二二日施行の大館市議会議員選挙に立候補して当選した市議会議員であり、同市議会において行なわれる市議会議員選挙に関し地方自治法に基き選挙資格及び被選挙資格を有していたものである。

2、被告人らはいずれも自由民主党籍を有し、次にのべる保守系市議会内会派「政和会」の会員であつた。

(政和会)

1、政和会は、大館市議会運営委員会設置規程一一条による所定の届出を了した市議会内会派であり、加入資格は現職市議会議員に限られている。

2、政和会は、石川芳男大館市長第一期目(昭和四二年から昭和四六年)のころに保守系市議会議員により結成されたもので(但し、当初の名称は清和会)、結成当初より市議会内の最大会派であり、従前より市議会議員の過半数を制していた(後述する被告人奈良駒吉の本件犯行当時における全市議会議員は三六名であり、うち政和会所属議員は二一名であつた。)。

(大館市議会における議長選挙の実情)

1、地方自治法の規定によれば、市議会議長の任期は議員の任期によると定められているが、大館市議会にあつては、昭和三四年五月以降議長は任期満了を待たずに約二年間で交替する慣行になつており、通例市議会議員選挙のあつた翌々年の五月ころ現議長が就任し新議長の選挙が行なわれることになつていた(副議長、監査役、常任委員等についても同様)。

2、政和会結成以降歴代議長は政和会が独占してきた。

政和会では議長ポストを自会派に確保するため、次のような方法で所属議員が投票すべき自会派推薦候補者一人を定め、議長選挙に臨んできた。

政和会内に議長就任希望者が一人しかいないときはその者が政和会推薦候補者になるが、複数の議員が就任を希望するときは、同会派執行部等が議長就任希望者間の調整を行ない、議長候補者を一人に絞る。しかし、これが奏効しないか、このような工作が行なわれない場合は、議会における議長選挙に先立つて推薦候補者選出のための同会派所属議員全員による会合を開き、同会合において議長就任希望を表明した者につき単記無記名投票を行ない(但し、右希望表明者は投票には加われない。また欠席者は投票を他に委任できない。)、有効投票の過半数を得た者(もし過半数得票者がないときは上位二名につき決選投票を行ない、その上位得票者)をもつて政和会推薦候補者とする。

3、ところで、右政和会内における投票による議長候補者選出は、同一会派である政和会に所属する議員全員が投票を行なうことにより、議会における議長選挙の際の投票権行使につき会派としての統一意思を決定し、これにより各所属議員の議長選挙の際の投票等(議長選挙の方法は投票のほか指名推薦がある。)の権限行使を拘束しようとするものである。

もつとも、政和会内における投票による議長候補者選出の結果は、法律的には各所属議員を何ら拘束するものではないが、各所属議員は同一会派を形成する政治的同志として道義的な拘束は受け、過去の例でも所属議員は右選出結果に従つて議場において投票権を行使しており、その結果、投票により選出した自会派候補の議長当選という所期の目的が達せられている。

(本件議長選挙をめぐる政和会内の情勢及び本件議長選挙の結果)

1、大館市議会議長のポストはその地位に伴う権限、栄誉、待遇その他政治的経済的利益の大であるところから、政和会所属議員中には議長就任の機会を窺つている者も多く、最近二回の議長選挙(昭和五四年四月二二日施行の市議会議員選挙後の同年五月二一日に行なわれた伊藤悦二の当選した議長選挙及び同人の同年七月二一日逝去に伴い同年八月一〇日行なわれた佐々木正治の当選した議長選挙)においては、政和会内に議長選出馬意思を表明する者が複数出、調整工作によつても互いの折合がつかなかつたため、結局、会派推薦議長候補者の決定は会派内投票に持ち込まれた。

2、ところで、大館市議会においては、従前からの慣行に従い、昭和五六年五月半ばころ、副議長、常任委員等の改選とともに議長の改選、すなわち、亡伊藤悦二議長の在職期間と合わせると在職期間が約二年間となる佐々木正治議長が就任し、新議長を選挙することが予定されていた(但し、次にのべるように、政和会内に議長就任希望者が乱立し、政和会内が混乱状態になつたことなどから、実際に議長等の改選が行なわれたのは同年六月一九日になつてからであつた。)。

3、政和会内においては、昭和五五年末ころから右議長選挙(本件議長選挙)に向けての動きが出始めた。すなわち、まず、昭和五五年末から昭和五六年初頭にかけて畠山広清、菅原一雄が相前後して議長選出馬を表明し、同年二月には成田耕三が出馬を表明し、同年三月末ころには被告人奈良駒吉、佐々木正治が相前後して出馬を表明し、それぞれ支持者固めのために政和会所属議員宅を訪問するなどの活動を展開するようになつた。

4、同年四月二二日、政和会においては会派役員の改選が行なわれたが、新執行部は、前例のない五名という多数の者が議長選出馬を表明していて議長選挙をめぐる動きが流動的であり、議長就任希望者間の支持者獲得競争の帰趨も不明の状態にあつたこと、議長選挙に関し役員間に思惑の違いがあつたことなどから、表立つた調整工作には入らず、成行に任せるという態度をとつていた。

5、そのため、同年五月初めになつても、依然前記五名が争うという状態は変らず、特に病身の成田耕三、現議長の佐々木正治を除くその余の三名が、支持者獲得のため積極的な動きを見せていた(なお、被告人奈良駒吉の本件犯行はこの時期に執行されたものである。)。

6、その後、五月中旬ころになつて、さらに上村清が議長選出馬を表明した。そのため五名の争いは六名の争いとなり、政和会内における議長選挙をめぐる情勢はいよいよ複雑な様相を呈するようになつたが、しかし、最終的には、成田耕三、佐々木正治が事実上出馬を断念し、被告人奈良駒吉も安達友一の仲介により菅原一雄と手を結んで自らは不本意ながら議長選出馬を断念して副議長選出馬に回り、畠山広清も上村清と手を結んで副議長選出馬に回つたため、議長候補者推薦争いは菅原一雄と上村清の二人に絞られていつた。そして同年六月九日開かれた議長候補者選出のための政和会会合において、右両名に対する投票が行なわれた結果、菅原一雄が僅少差で上村清を押えて政和会推薦候補者に選出され、六月一九日の議会における選挙で右菅原一雄が議長当選を果すに至つた。

(被告人奈良駒吉の本件犯行決意に至る経緯)

1、被告人奈良駒吉は、市議会議員三期目になり、後援者等からも議長選出馬を勧められていたところ、同じ大館市十二所出身で選挙地盤を同じくし保守票を分け合つてきた政和会所属市議会議員畠山広清が、同様地盤を同じくする政和会所属市議会議員黒田常人の支持を得て本件議長選挙に出馬しようとしているのを聞知し、かねてから、右畠山に対し、同人が被告人奈良駒吉の父親の悪口を言いふらしているとして悪感情を抱いていたこともあつて、右畠山に先んじて議長職に就きたいものと切望して自らも出馬を決意し、前示のとおり昭和五六年三月末ころその意思を政和会所属の同僚議員に表明した。そして四月上旬ころ、同僚議員を饗応してその支持を得るための資金等として一〇〇万円を他から借入れて準備するとともにそのころから支持者固めの運動を始めた。

2、同年四月末に至り、被告人奈良駒吉は、五月半ばに予定されていた本件議長選挙がいよいよ間近に迫つてくる一方、政和会に議長選出馬予定者が自分を含めて五名もおり、情勢が混とんとしていた未だ明確に自分を支持応援してくれると判断できるような議員が一人もいなかつたところから、いずれ、確実な支持者を獲得するため会派所属議員に対し現金を贈与する戦術に出なければならない時機がくるかもしれないと考え、友引の日である四月二八日を選んで、現金を入れて渡すための白封筒セツト(一〇枚入り)を買い整えた。

3、被告人奈良駒吉は、同年五月五日、政和会所属議員桜庭亥之助が仲人をする知人の結婚披露宴に出席した。そしてその宴席で同人に対し、日を改めて同人宅に赴き支持依頼をしたいなどと話しかけたところ、同人から、少しばかりの金を持つてきてもだめだ、一〇万円ずつ配つて歩けば、皆被告人奈良駒吉支持に回るというような趣旨のことを言われたため、被告人奈良駒吉は、右桜庭宅に一〇万円を持参して依頼すれば同人は自分を支持応援してくれるものと判断し(但し、実際は桜庭は飲酒の上での真意に基かない冗談話として前記のような発言をしたものである。)、ここに、来るべき議長選挙及び議長選出馬予定者五名乱立という事態がこのまま継続すれば右議長選挙に先立つて行なわれるであろう政和会推薦議長候補者選出のための政和会会合における投票において勝利を収めるべく、まず右桜庭に対して現金を供与するのを手始めにして、現金を供与すれば自分を支持応援してくれそうに思われる政和会所属議員に対してかねて企図していた現金供与の計画を実行に移そうと決意し、先に準備した一〇〇万円は事業資金等に流用してしまつていたことから、新たに他から一四六万円を調達した。

(罪となるべき事実)

被告人ら三名は、前示のとおり、大館市議会議員であり、同市議会内会派である政和会に所属し、被告人奈良駒吉は昭和五六年五月半ばころに予定されていた同市議会議長選挙に当選したいと考えていた者、被告人若松清一、同芳賀忠行は同選挙に際しこれを選挙する職務権限を有していた者であるが、

第一  被告人奈良駒吉は

一、同年五月七日ころ、同市白沢字白沢四三九番地遠藤徳一方居宅において、前記政和会に所属する同市議会議員であつて同市議会議長を選挙する職務権限を有していた同人に対し、右議長選挙の際は、右選挙に先立つて開かれる同会派推薦の議長候補者選出のための同会派会合において自己が右議長候補者に選出されるよう自己に一票を投じ、自己が右議長候補者に選出されたうえは市議会において自己が議長に当選できるよう自己への投票等をしてほしい、また、他の政和会所属議員に対しても右同様の行動をとるよう勧誘してほしい旨の請託をなし、その報酬として白封筒に入れた現金一〇万円の供与を申し込み、もつて同人の前記職務に関し賄賂の供与の申込をなし

二、前同日ころ、同市白沢字寺ノ沢九二番地若松清一方居宅において、同人に対し、前同様の請託をし、その報酬として白封筒に入つた現金一〇万円を供与し、もつて同人の前記職務に関し贈賄し

三、同年同月九日ころ、同市比内前田字前田三七番地芳賀忠行方居宅において、同人に対し、前同様の請託をし、その報酬として現金一〇万円を供与し、もつて同人の前記職務に関し贈賄し

第二  被告人若松清一は、右第一の二記載の日・場所において、奈良駒吉から同記載の請託を受け、その報酬として供与されるものであることの情を知りながら白封筒に入つた現金一〇万円の供与を受け、もつて自己の前記職務に関し収賄し

第三  被告人芳賀忠行は、右第一の三記載の日・場所において、奈良駒吉から同記載の請託を受け、その報酬として供与されるものであることの情を知りながら白封筒に入つた現金一〇万円の供与を受け、もつて自己の前記職務に関し収賄し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

(争点に対する判断)

1、被告人若松及び同芳賀の弁護人加藤堯は「被告人奈良は、被告人若松及び同芳賀に対する現金供与の際、議会における議長選挙で自己を当選させるようにしてもらいたいとの依頼はもとより、政和会推薦議長候補者選出のための政和会会合における投票において自己が同会派推薦候補者として選出されるようにしてもらいたいとの依頼もなしておらず、単に政和会における自己の勢力拡張を図るとの漠然たる目的のみで現金供与をなしたものであるから、被告人若松及び同芳賀に関し受託収賄罪はもとより単純収賄罪も成立しない。」旨主張し、被告人奈良の弁護人加賀谷殷は「被告人奈良は、本件現金供与及び供与の申込に際し、自己を議会における議長選挙で当選させてくれるよう依頼したことはなく、単に政和会における投票で自己が同会派推薦候補者として選出されるようにしてもらいたいとの依頼をしたにすぎないものである。すなわち、かねてより、政和会内には、同会派所属議員は議長選挙において同会派で選出した推薦議長候補者に投票しなければならないとの不文律があり、また政和会は議会における過半数を制していたのであるから、政和会で推薦議長候補者に選出されることは即議会における議長当選を意味していた。このように議長の実質的な決定は政和会における候補者の選出でなされており、議場において行なわれる議長選挙は現実には単なる儀式にすぎなかつたのであり、したがつて、議長になりたい者は政和会推薦候補者に選出されるよう努力すれば足り、これに加えて議会で当選できるよう努力する必要は全くなかつたのであり、このような実情を熟知していた被告人奈良としても、当時専らいかにすれば政和会の推薦候補者として選出されることができるかということにのみ関心を抱いていたものであり、議場における選挙の如きには全く考慮の外にあつた。また、政和会内における同会派推薦議長候補者の選出は、政治団体たる政和会の会員の純然たる会派活動であつて、市議会議員としての職務権限と無関係であり、少なくとも議員の職務権限とは密接な関係を有しない行動であるから、本件現金の供与及び供与の申込みは贈賄罪及びその申込罪を構成しない。」旨主張する。

2、そこでまず、被告人奈良の本件現金供与は単に政和会における自己の勢力拡張を図るという目的にのみ出たものであるとの主張についてみるに、関係証拠によれば、被告人奈良は本件議長選挙とは関係なく自己の勢力拡張のために被告人若松や同芳賀に現金を供与したものではなく、本件議長選挙に当選したいとの明確な目的をもつて現金供与に及んだものであり、また右現金供与の際、被告人奈良が自己を議会における議長選挙で当選せしめるようにしてもらいたいとの依頼までなしたか否かはともかく(この点については3で判断する。)、少なくとも政和会内投票において本件議長選挙の同会派推薦候補者に選出されるようにしてもらいたいとの依頼をなしたものであることは極めて明白であり、現に被告人らも第一回公判廷でこのことを自認しているのであつて、右主張が採用できないこと多言を要しないといわなければならない。

3、次に、被告人奈良は現金供与及び供与の申込をなすに際し、政和会の推薦議長候補者に選出するよう依頼したことはあつても自己を議会における議長選挙で当選させてくれるよう依頼したことはないとの主張について検討するに、そもそも被告人奈良は政和会推薦の議長候補者に選出されることに最終目標を置いていたものではなく、その最終目標はいうまでもなく議長に就任することにあつたのであり、同被告人はかかる目的・希望を達成すべく、昭和五五年三月末ないし四月始めころから政和会所属の同僚議員に議長選挙出馬の意思を表明するとともに支持者獲得のための活動を開始し、同年五月初旬ころに至り、議長選挙を迫つてきたことから、政和会所属議員である遠藤徳一らから自分に対する確実な支持応援の約束を取付けようと、判示のとおり、現金供与あるいはその申込をなしたものであり、被告人奈良の本件現金供与等は市議会議長就任というかねての希望の実現を目ざした、確実な支持応援者獲得のための行動と認められる。しかして、議長に就任するには議長選挙の予備選挙ともいうべき会派内投票において会派推薦候補者に選出されただけでは足りず、議長選挙で当選しなければ議長に就任することはできないところ、右のとおり、同被告人が議長就任という希望を抱懐しつつその実現のために右現金供与等をなしたのであれば、同被告人に政和会の会派内投票において自己を推薦議長候補者に選出してもらいたいと依頼する意図のあつたことはもちろん、この外に議場における議長選挙で自己が選挙されるようにしてもらいたい旨依頼する意図も当然あつたとみるのが自然であり、現金を供与することには、会派内投票に関しての支持支援を確実にするという効用と議長選挙に関しての支持支援を確実にするという効用とがあることは被告人奈良においても当然知悉していた筈であるのに、議長選挙において当選したいと切望していた同被告人が一〇万円もの大金を供与しようとするに際して右供与の効果が最大限に発揮されることを願わず、無欲にも前者の効用のみを期待し後者の効用を全く期待しなかつたと解するのは極めて不自然、不合理であり、たしかに関係証拠によれば、同被告人の遠藤徳一らに対する現金供与等の第一の眼目は会派推薦の議長候補者に選出されるように尽力を依頼することにあつたとは認められるものの、それに止まらず、現金供与の前記効用を知りつつあえて本件現金供与等に及んだからには、議長選挙に関し尽力を依頼する意図もあつたと推認するのが相当である。もつとも、被告人奈良は、当公判廷において、会派内投票で会派推薦の議長候補者の選出がなされれば、政和会所属議員は政和会の一員として右選出結果に従い議場でこの者に投票することになるから同被告人としては会派内投票で自己が議長候補者に選任されるよう依頼すれば十分でこれに加え議場における議長選挙に関してまで支持応援を依頼する必要は全くなかつたのであり、したがつて、本件現金供与等にあたり後者の依頼は全くなさなかつた旨供述している。しかし、政和会所属議員が議長選挙で自会派推薦の議長候補者に投票するのがこれまでの慣行であり、これが会派の不文律になつていたとしても、議場において誰に投票するかの最終的決断は政和会所属議員各自に委ねられているのであり、しかも政和会はもともと一枚岩的な厳格な統制の利いた団体ではないうえ、当時は五名もの議長選出馬予定者が乱立していて政和会内は混乱状態にあり、そのまま推移すれば、会派所属議員間に種々のあつれき、不協和音を生じ会派としてのまとまりがさらに弛緩するおそれが全くないとはいえない情勢にあつたのであるから(党派内部の争いが尾を引き本会議で一部の者が同調行動をとらないというようなことは国会においても地方議会においても決して稀有の事態ではないことは周知のとおりである。)、議長就任という最終目標実現のために政和会所属議員に対し、個別に、議長選挙で自分が当選できるよう尽力を依頼しその約束を取付けることが全く無意味無用であつた筈はなく、かつ、現金を供与すれば議長選挙に関しても同被告人に対する支持支援をより確実にする効用を期待できたのであるから、被告人奈良が正常な認識能力、洞察能力を持ち合わせていなかつたというのであればともかく、そうでない限り、同被告人の前記供述は不当な誇張を含むものとして到底措信するを得ず、右のごとき供述があるからといつて、同被告人に議場における議長選挙に関し支持支援を依頼する意図があつたとの前記推認を左右することはできない。そして、かかる意図をも併せ持つて被告人奈良が本件現金供与等に及んだことは、その相手方である遠藤徳一らにおいても当然認識していたところであると考えられるから、被告人奈良が明示的に遠藤徳一らに対して議長選挙に関する支持支援の依頼もなしたかどうかは必ずしも証拠上明白でないが、少なくとも黙示的にはこの点に対する依頼もなしたものと認めることができ(なお、被告人ら三名はいずれも捜査段階においてはこの点の依頼もあつたことを率直に認めていたものである。)、したがつて、弁護人の右主張も排斥するほかない。

4、次に、政和会内の推薦議長候補者の選出は、政和会員による政治活動であつて、議員の職務権限とは無関係であり、少なくともこれと密接な関係を有しないとの主張につき検討するに、右選出行為は、すでに述べたとおり、同会派に議長ポストを確保するため同会派所属議員による会派内投票を行つて会派の推す議長候補者を決定し、これによつて同会派所属議員各自の議長選挙における投票等の職務権限行使を拘束しようとするものであり、このように現職市議会議員のみが参集して一定の手続を践んで来るべき職務権限行使に備え、議員各自が職務行為としてなすべき内容そのものにつきこれを規制する取決めをなすことは、大判昭和一一年八月五日(刑集一五巻一三〇九頁)の説示から推しても、明らかに市議会議員の本来の職務と密接な関係を有する行為というべきであり(したがつて、右行為に関して金銭の授受がなされれば贈収賄罪の成立を免れない。)、たとえ、これが政和会員による自主的な政治活動としてなされるものであつても、そのことによつて、右にのべた職務との密接関連性が失われることになるわけではないから、弁護人の右主張も採用の限りではない。

(法令の適用)

<被告人奈良につき>

一、罰条

各刑法一九八条一項(一九七条)、罰金等臨時措置法三条一項一号

一、刑種の選択

各懲役刑選択

一、併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情最も重い判示第一の二の罪の刑に法定の加重)

一、刑の執行猶予

刑法二五条一項

一、訴訟費用

刑訴法一八一条一項本文

<被告人若松、同芳賀につき>

一、罰条

刑法一九七条一項後段

一、刑の執行猶予

刑法二五条一項

一、追徴

刑法一九七条ノ五後段

一、訴訟費用

刑訴法一八一条一項本文

(量刑理由)

被告人らは、いずれも市議会議員という要職にありながら、被告人奈良は多額の金銭を供与して他議員を買収するという不正な手段に訴えて名誉を重んずべき議長という地位を獲得しようとしたものであり、また被告人若松、同芳賀は公正な議長選挙を行なうという議員としての重大な職責を忘れ、右買収に応じて多額の不正利益を得たものである。しかも、被告人らは本件犯行により市議会の市民に対する信用を著しく失墜せしめたものであり、これらの点に照らせば、被告人らの負うべき責任は決して軽くないといわなければならない。

しかし、他方、被告人らは本件により逮捕・勾留され、また新聞等で厳しく指弾されるなどすでに相当の制裁を受けていること、被告人らは二回ないし三回の市議会議員当選経歴を有し、これまで各種委員を歴任するなど市政に寄与してきたものであること、被告人らにはもとより前科は存しないこと、被告人若松、同芳賀については、本件賄賂の授受に関し主導的立場にはなく、全く受身の立場でこれに関与したものであることなど被告人らのために有利に斟酌すべき事情も認められる。そこで以上の事情の外、被告人らの年令、反省の程度その他一切の事情を考慮して主文のとおり量刑した。

よつて、主文のとおり判決する。

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